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馬鹿と天才

今日は馬鹿と天才についてのお話です。

馬鹿と一言で言ってしまえばとても聞こえはよくありませんが、私は馬鹿と言われることも多々ありますがさほど悪いようには捉えません。

よく馬鹿と天才は紙一重だということを耳にすると思いますが、私はむしろ馬鹿と天才はイコールだと思っています。

どの分野においても天才と呼ばれる人は存在しています。

他を寄せ付けない圧倒的な能力を持ち、成績を残している人を人は天才と呼びます。

天才とは違いますが、自分も良く空手を始めて間もない頃いろんな人から馬鹿だと言われました。

私は空手を始めて2年ぐらい経った頃には空手の先生になりたいと思っていました。

当時、青帯で実績もほとんどない私が空手の先生になりたいと口に出すようになり大抵の人は鼻で笑うか、お前が空手の先生になれるなら俺でもなれるんじゃない?と馬鹿にする高校のクラスメイトもいました。

親しい人からも空手で生活ができるのか?と心配されたり反対されたりすることもありました。

しかし、そこから紆余曲折ありましたが18年経った今私は空手の先生として道場に立ち生活させていただいてます。

私は馬鹿です。

空手以外に取り柄のない空手馬鹿です。

いまこうしてブログを書きながらふと考えました。

私から空手をとったら何が残るのだろう、、、笑

今にいたるまで数えきれないほど馬鹿と呼ばれ、数えきれないほど恥をかきました。

前のブログにも書きましたが人は自分の物差しでしか他人を測れません。

自分の枠外のことを発言したり、行動で示すと人は馬鹿だと揶揄したり、無理だと否定します。

しかし、世に名前を残した偉人や天才も皆きっと最初そのように扱われたのだと思います。

戦国時代圧倒的な存在感で名を馳せた織田信長も尾張のおおうつけと呼ばれていました。

豊臣秀吉は農民上がりの猿と呼ばれていました。

ボクシング元世界チャンピオンの内藤大介選手はいじめられっこで世界チャンピオンを夢見て駆け出したときいじめられっこが慣れるはずないと笑われたといいます。

どの世界でも駆け出しの頃から周りから認められる人などいないのです。

ただひたすらに馬鹿になり、笑われても、指さされても気にもせずただひたすらに走り続けること。

途中、嫌になったり恥をかくこともあるでしょう。

それがなんだというのでしょう?

かいてかいて恥かいて、笑わせたい人は笑わせとけばいい。

己の決めた道をただ馬鹿のように走り抜けましょう。

そして走り抜けた時、人はその人のことをこう言います。

あの人は天才だ。と、、、

 

今日の写真はひたすら頑張る子供たち。

みんな空手馬鹿と言えるレベルで毎日頑張ってくれてます。

道場生から沢山の天才と呼ばれる人が出ることを願い今日も指導にあたらせていただきます。

走り抜けろ、その先に栄光はある。

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